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逡巡と矛盾


このところの暑さは尋常ではなく、ちょっと前ってこんなだったかしらと吹き出す汗をぬぐいながら、展示会の納品に向かう青山の坂を歩いていました。またこの時期となり、あわただしく手を動かす日々ですが、そんな繰り返しも指を折り、次の手に移るまでになりました。


本を売る側の時にはまったく考えのおよびもしなかったことですが、作る側になって、市場に出す1冊を磨き上げるのにこんなに多くの時間と工夫と材料がかかるものなのかと驚くことがたびたびあります。


誰かのための大事な1冊を送り出すことは、多少なりとも無駄と呼ばれるものが出てしまう。おそらくは、わたしが売る側の人間だからこそ、そうした逡巡を抱えるのであって、初めから作る側でいたひとであれば当然のこととして、そんな迷いもないのかもしれません。わたしも徐々に慣れてきているのにはっとすることがあります。


買う人はよりきれいなもの洗練されたものを好みます。ただ、もっと増やして、もっと多く、という考えは、なんとなく無理が生じてきているということにも気づいている。


逡巡と矛盾の中で、今年は改装本を制作してみました。


製本コンクール2023では、「赤い百合」岩波文庫の上下巻を合本にしました。

19世紀末、アナトール・フランスの作品です。富も愛人も手にしている夫人がフランスとフィレンツェを舞台に、もう一人魅力的な男性の登場で目移りして翻弄されるというお話。話の筋より、当時の社交界でのしゃれたやりとりを思わせる場面が魅力で、端々にちりばめられていく会話劇が、みどころの本です。


百年以上昔の会話の妙を楽しむのは、なかなか本読み慣れしていても難しいものなので、ページ構成を変え、解説文を物語の始めにいれてみました。


まだまだ、技術的に稚拙なところもあり仕上がりにはがっかりしますが、読みやすくするようこころがけ製本したおかげで、本の開きがよく手になじむ感じがします。自分の思うように少しできただけでも、今回もねばってよかったと思いました。


コンクールで毎回多くの優れた手製本作品に出合いますが、自分の至らなさに胸が痛くなる。反省は尽きません。


現在はTHE LIBRARY 2023 で、別の改装本を展示しております


MUJI BOOKSの「花森安治」を改装しました。布表紙は「裏打ち」と呼ぶ和紙と布を合わせたものです。今までの手製本で使用し余った布表紙と、いただきものの端物布表紙とを組みあわせてみました。


一銭五厘の旗のように見えたらうれしいのだけど。



THE LIBRARY 2023 は

2023年8月2日(水) ~8月12日(土)まで。12:00~19:00


お近くにお立ち寄りの際は頭の片隅にでもおいていただければと思います。

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